インタビュー

德永 佳嗣(とくなが けいし) さん

  • 北方地区
  • 串間→愛知→和歌山→串間

お寺はみんなのもの
地域が発展してこそお寺も盛り上がる

夏休みこども寺子屋をはじめ、
串間市唯一のコワーキングスペースを
オープンさせるなど、
お寺を地域の人々が集う場に変えている
『極楽寺』の副住職、徳永佳嗣さん。

化学者の道から一転して、
20代で事業継承した思いとその背景は?
お寺に足を運んでもらうきっかけ作りや、
裏山の大田井山を蘇らせるプロジェクトなど、
地域に根ざしながら実現する
さまざまな活動についてもお聞きしました。

  

-移住までの道のり-
子どもの頃から理科が大好き
大学では化学の研究をしていた


その歴史は今から約870年前、平安時代までさかのぼる『大田井山 極楽寺』。串間市指定文化財でもある、厄除けの不動明王がご本尊です。副住職を務める德永佳嗣さんは、このお寺で生まれ育ちました。

小学生の頃から理科が大好きだった佳嗣さんは、大学は愛知県にある豊橋技術科学大学へ、そして大学院へと進学します。将来は、化学を探究できる企業への就職を考えていました。

佳嗣さん
「お寺を継ぐ気持ちがなかったわけではありませんが、定年退職した後でもいいのかなと考えていました。もともと空き寺になっていた極楽寺に、縁あって父が住職として入ったという経緯もあり、両親からは絶対に継いで欲しいと言われたことはなかったんです」

研究していたのは、分析化学という分野。そう聞いても専門的でピンとこない…と首をひねっていると、こんなふうに説明してくれました。

佳嗣さん
「小さな世界の化学反応に興味があったんです。例えば、AとBの物質を反応させてCという新しい物質を作るとしますよね。もし100%反応すれば、100%のCができるはずだけれど、実際にやってみるとそうはならない。例えば20%しかできない。そしたら、100%にしたいじゃないですか。どうしたら100%になるのか、そんなことを研究していました」

そう聞くと、ちょっと面白そうです!


-移住のきっかけ-
自分にしかできない仕事
すぐにはじめなければ…


大学院を卒業した佳嗣さんは、念願の化学研究職として企業に就職します。しかし就職後1年半ほどで、お寺を継ぐ決断をしました。

佳嗣さん
「帰省するたびに、仏教離れが進むお寺の現実を目の当たりにしていたんです。定年後にお寺を継ぐのもいいと思っていましたが、それではもう間に合わない。すぐにはじめなければ、立ちいかなくなるという危機感を持ちました。

本当は、ずっと好きな化学の世界を突き進んでいきたい気持ちがありました。でも、熱心な檀家さんから『お寺を継いでくれるんだよね?』と聞かれたことがきっかけとなって、生まれ育った串間で、縁があって自分がお寺にいることを考えました。そして、お寺の仕事は自分にしかできないと早い段階で心を決めました」

化学者から、僧侶に転身することを決めた26歳の佳嗣さん。高野山では、約2年半にわたる修行と研修を受けました。

佳嗣さん
「お寺で生まれ育ったとはいえ、化学に夢中だったからお寺のことはぜんぜんわからない状態。お経を覚えるのはとても大変でした。1年間の修行の後も高野山に残り、お寺の実務について学ぶためにさらに1年半の研修を受けて、それでやっとお寺の仕事ができると思えるようになり、極楽寺に戻りました」

-夏休みこど寺子屋のようす-

-移住後の生活-
夏休みこども寺子屋に
たくさんの人が集まる


いざ極楽寺に戻り、仕事をはじめてみると、法事と葬儀しか人に会う機会がない現実がありました。若い佳嗣さんには、檀家さんとの距離が遠く感じられ、お寺が「上様(うえさま) 」と呼ばれるような、お寺と檀家さんとの間に上下関係があることにも違和感がありました。

佳嗣さん
「お寺は誰のものなのか? 住職のものでもないし、檀家さんだけのものでもない。お寺にはご本尊があり、信仰があり、ご縁がある人が集まってこそ成り立つ。みんなのものだという原点からみつめなおしました。

どうすれば人が集まって来てくれるだろうと考えて、まず取り組んだのが『夏休みこども寺子屋』でした。

高野山には子ども向けの体験プログラムがあって、面白いなと思っていました。高野山にいた先生が自分のお寺でこども寺子屋をやっていて、ぜひやった方がいいと勧めてくれたので、最初のチャレンジはこれにしようと決めていました」

こうして2014年からスタートした、極楽寺の夏休みこども寺子屋。午前中は瞑想や読経などの修行体験をして、お昼に精進料理を食べ、午後は生花や茶道など、和の文化を体験できるプログラムです。

和の文化が日常から離れてしまった今、お寺でしかできない体験だと評判を呼び、年々、参加者は増えていきました。開催は今年で9回目(コロナで3回中止)を迎え、多い年には5日間の延べ人数が100人を超えることも。県外からの参加者も多く、串間の夏休みの名物となりました。

佳嗣さん
「子どもたちには、将来のためにいろんな世界を知ってほしいという気持ちがあります。串間にいるとどうしても学びの場が限られてしまうので、こども寺子屋の特別授業では視野を広げられるように、県外から著名な講師も呼んでいます」

左:1月のはたち式。毎年、文化会館の一室に出張してお茶会を開催しています。
右:2月の極楽寺星まつり。みんなで節分の豆まきをして無病息災を祈ります。

-今後の夢-
裏山の大田井山(おおたいさん)を
串間の新名所に


こども寺子屋以外にも、串間で唯一のコワーキングスペースを作ったり、パソコンやスマートフォンのことを相談できるパソコン教室を行ったり、子ども達が遊べる遊具を設置したりと、「気軽に足を運べるみんなのお寺」となるきっかけ作りを数多く実行してきた佳嗣さん。その活動には、「地域が発展してこそ、お寺も発展する」という考え方が根底にあります。


佳嗣さん
「今後は、お寺の裏山である大田井山を甦らせたいと思っています。今は倒木もあり手が入っていない状態なのですが、ここを散策できる遊歩道にして地域の名所にしていきたい。実はこのお寺全体が昔の古墳跡地で、山には石棺も残っています。歴史的にも価値があるところなんです」

高野山には「高野六木(こうやりくぼく)」という制度があり、古くから周囲の森林が守られてきたそうです。佳嗣さんが目指しているのは、四季の自然の美しさが感じられる、地域の人たちとともに守り継いでいける山。裏山の土地の持ち主さん達と話し合い、まずは伐採した後に、植林をする計画が進んでいます。早ければ数年後には、串間の新しい名所が生まれるもしれません。


佳嗣さん
「もうひとつは、『極楽寺の行事を、地域の行事にする』プロジェクトです。いま力を入れているのが、毎年2月の『星まつり』。節分の行事なのですが、厄除け開運のご祈祷、『串間太鼓神童』さんによる奉納太鼓、そして年男・年女(としおとこ・としおんな)の方々に壇上に上がっていただいて豆まきを行っています。どなたでも参加できるので、ぜひたくさんの方に伝統に触れる体験をしていただきたいと思っています」

境内を案内してもらうと、あちらこちらに美しいバラや椿が咲いています。これは、佳嗣さんが丹精込めて育てているものです。


佳嗣さん
「植物が好きなので、趣味も兼ねてバラや椿を育てています。いつかは小さなバラ園や椿園も作って、いろいろな方に訪れてもらえたらいいなと思っています」

左上:佳嗣さんが丹精して咲かせているバラ。他にも、植樹を待つ苗木がたくさん育てられています。
右:後ろに見えるのが大田井山。今は放置されている杉山を甦らせます。
左下:境内にあるコワーキングスペースの看板。誰でも利用できます-

◎串間のお気に入りスポット
都井岬、とくに小松ヶ丘。歩いて登ると気持ちがいいし、景色もいい。馬を見ているとのんびりした気持ちになれます。


◎Uターンを考えている方に一言
海と山が近くて、人のつながりを感じられるのはいいところです。その反面、やはり若い世代がいないことは問題です。せっかく素晴らしいポテンシャルがあるのだから、もっとアピールしていけるところがあると思っています。




色とりどりのバラや椿が咲き、裏山を散策できる新しいお寺へ。
お話をうかがっていて感じていたのは、
佳嗣さんの中で静かに燃える研究者のスピリットです。
「地域の人が集う拠点となるお寺」という明確な目的を立てて、
そのためのアイデアを出し、一つひとつ実行していく。
それは、お寺や地域に変化を起こす実験のようでもあります。
たくさんのプロジェクトを実現していく力に、勇気をいただきました。

コワーキングスペースも利用させていただいています。
裏山の散策をしながら、石棺を探せる日が来るのが本当に楽しみです!



境内にコワーキングスペースがある
『大田井山 極楽寺』