谷口達広(たにぐち たつひろ) さん
- 北方地区
- 串間→広島→東京→串間

飲んで、釣りして働いて家族と過ごす
自衛隊からグラフィックデザイナーに転身、
現在はリモートワークのwebエンジニアという
異色の経歴を持つ達広さん。
仕事と趣味を両立させたメリハリのある暮らしを
故郷の串間で実現しています。
中学卒業後すぐに広島へ
「どこに行っても知り合いばっかり。もっと違う世界を見たい。
串間から早く出たい!」
中学生の頃の達広さんは、そんな気持ちを強く持っていたそうです。そして、これならすぐに串間から出られると選んだのが、4年制の「海上自衛隊生徒」(中学卒業者から採用された通称「少年自衛隊」。3年修了後に高卒資格も得られた。現在は廃止)でした。違う世界を見たいという望みは15歳で叶って、広島の呉へ配属されました。
-Uターンのきっかけ-
自然体の故郷の良さに気がつき、
35歳になったら戻ろうと決める
達広さん
「自衛隊は、すごく楽しかったんです。毎朝5時に起きて5キロ走って掃除して、朝ごはんを食べて授業を受けて…。
いろんな地方から生徒が集まっていたから、自分の故郷がどんなところかという話をすることも多くて、離れてみてはじめて串間の良さを感じることができました」
全国各地から集った仲間たちと友情を育み、訓練や勉強、部活に励む青春の日々を送りながらも、若い達広さんの胸には次なる目標が芽生えていました。
「好きなイラストを学んで仕事にしたい」
こうと決めたら突き進むタイプ。東京の専門学校に通う計画を立てると、約3年半在籍した自衛隊生徒を中退して、新しい挑戦をはじめます。18歳の春のことでした。
達広さん
「専門学校に通うことにした時、自分で期限を決めたんです。東京で頑張って、何かになれてもなれなくても、35歳になったら串間に帰ろうと。
都会でいろんな経験をしたいという気持ちはありましたが、ずっと住むところではないのかなと思っていました。
串間が嫌でたまらなかった中学生の頃とは違って、この頃にはもう串間の良さがわかっていたし、自分は姉と妹がいる長男だということもあって、いつかは戻る故郷という思いがはっきりありました。」
-移住までの道のり-
東京で働きながら
キャリアアップしていった
達広さんが東京で暮らしはじめた頃は、ちょうどパソコンやインターネットが飛躍的に普及していった時期でもありました。
イラストの専門学校で学ぶうちに、マッキントッシュ(パソコン)とイラストレーター(イラストやデザインを制作するためのソフト)に魅了されて、卒業後はこれを仕事にしようと決め、小さな印刷会社に就職しました。
その後、独学でwebデザインやwebシステムについて学びながら、広告代理店や大手システム会社などに転職し、キャリアアップを重ねていきました。
達広さん
「コンピュータが好きだったから、進化していくwebのシステムについて学ぶのは面白かったし、苦じゃありませんでした。広告代理店は忙しくて、ずっとデスクの前に座り続けて毎日終電で帰るような生活だったけど、仕事自体は楽しかったし、働いている人たちもみんな映画や漫画や本が好きな人が多くて、話も合いました。
奥さん(美知瑠[みちる]さん)とは、広告代理店の同僚として出会いました。席が隣でね、趣味も合って仲良くなりました」
31歳で結婚。大手システム会社の契約社員として働き、大きなプロジェクトも任されるようになっていた達広さんには正社員になる話もありましたが、東京に残る気持ちはまったくなかったと言います。
達広さん
「もうすぐ期限の35歳だし、第1子を授かったタイミングで、早く串間に戻りたかったため正社員の話はすぐに断りました。そうしたら、会社から正社員でなくてもリモートで仕事が続けられる体制にしようと提案してもらえたんです。串間でも、リモートで安定して仕事ができるように準備してから移住しました」
それは、仕事ができたからこその評価だったのでは? と尋ねると「いや〜、飲み会要員でかわいがられてたからかも。いろんな部署があったんだけど、社内のみんな知り合いだったんですよね」とニコニコ。

毎朝5時に起きて12時まで働く
16時からは飲みはじめる
Uターンしてから約10年がたちました。
移住後は古民家を購入し、少しずつ改修を続けながら、家族4人と猫で暮らしています。
離れの納屋が達広さんの仕事場で、そこには趣味の釣り道具もずらり。
元自衛隊員だったこともあり、達広さんはびっくりするほど規則正しい生活をしています。
達広さん
「朝の5時に起きて、だいたいお昼の12時までは仕事。でも効率が落ちるから、なるべく3時間以上はパソコンの前に居続けないように気をつけています。途中で、家族と一緒に朝食を食べます。
13時からは休憩時間で、昼寝をしたり漫画を読んだりして過ごしますが、急ぎの仕事があれば対応します。そして、16時からは飲みはじめ(笑)、20時半には飲むのをやめて、21時には就寝です」
「子ども達より寝るのが早いんだよね(笑)。ダラダラ仕事をせずに、切り替えが早いのは本当にすごいと思います。面白いし、悩まないし、あとトイレ掃除をすごくキレイにしてくれます」と隣にいた美知瑠さん。
達広さん
「トイレ掃除は大好き。毎日でもやります! あと、火曜日と水曜日はスケジュールを調整して、釣りに行く日にしています。夜釣りもよく行きます。夏はシブダイがね、釣れるんですよ」
釣りの話になると、笑顔がさらに輝きます。

悩みはとくにないし
いまの生活に大満足
達広さん
「小さい頃から釣りが大好き。東京に住んでいる時には釣りに全然行けなかったから、毎日、すぐに釣りに行けるこの環境は最高です。飲んで、釣りして、働いて、寝て。
かわいい奥さんと子ども達と過ごせて、仲間がいて、いまの生活に何の不満もありません。将来の夢は…、全国のおいしいラーメンを食べに行くことと、仙人になることかな」
●串間のお気に入り秘境スポット
大平地区の水源地。私の実家がある山間の集落です。みんなその水源地から水を引いていて、家でおいしい水が飲めます。
●Uターンを考えている方に一言
知り合いや親戚との付きあいが煩わしいと思うかもしれないけれど、昔ほどではないし、私にとっては帰ってきたメリットの方が多かった。帰ってきたい気持ちがあるなら、思い切って帰ってくるといいと思います。仕事も何かしらあります。

お話をうかがっている間、ずっと楽しそうな笑顔だった達広さん。
言葉の中には、周囲の人たちに対する感謝の気持ちがこもっていて、
悩みはない、いまの暮らしが楽しいと言い切る達観した姿は、
確かに仙人っぽいかもと思いました。
そして、遠く離れた会社の人とやり取りをして円滑に仕事を進められるのは、
人との関わりを大切にしているからこそだなと感じました。
次回は、達広さんの「嫁じょ」美知瑠さんのインタビューです。
関東から串間についてきた美知瑠さんの方には、どんな物語があるのでしょうか?
お楽しみに!
谷口達広さんと美知瑠さんが運営する
印刷デザイン&webサイト制作の事務所
ショネジョネ